2019/09/05

孤高の農家の話し。江西省富山郷にて。2019年8月22日


江西省農村は初めて行ったところです。上海から高鉄で約4時間乗ると、省都の南昌市があります。車窓に広がる田園地帯を眺めながら、区画整理がまったくといっていいほど手付かずの状態です。このあたりは中国南方の伝統的稲作地帯ですから、もっと基盤整備ができていて当然だと思ったのですが・・・・。
 作っているコメは長粒種です。水田のイネの茎の長さも、作られているコメ品種の特徴をよく表しています。
 この地方では中国で流転という農地流動化が極端に進んでいて、訪ねた農家のほとんどは近くの工業団地勤務、農業は自家消費用の野菜を作るくらいのものです。月収を聞くと5,000~6,000元(9万円と少し)。でもみな乗用車を持っていて、大都会周辺の農家よりその割合はずっと高いです。この月収でよく買えるねと聞くと、農産物は買う必要がないし、夫婦で働くので買えるのだ、といいます。

 気温が40度はあろうかと思われるなか、村内を散歩しながら、畑と家々の作りなどを観察しました。畑の広さは家庭菜園程度、栽培されている野菜はナス、サトイモ、インゲン、キュウリ、トマト、名も知らぬ緑色野菜と、賑やかです。家々は中国農村のどこでも見ることができるつくりで、特徴はありませんがつくりは丈夫です。家並みから、経済的に貧しいとか豊かだとかという判断はできませんでした。
 
 村の農家から農地を100ムー(約6.7ヘクタール)も集めていると村人が教えてくれた人が、水田を案内してくれました。あぜ道は狭くてでこぼこ、チャーターしたミニバンの運転手さんは、揺れるハンドルを握りながら「行けない」「危ない」「この先は無理だ」とさかんに文句をいいながら運転します。私の隣の席にいた100ムーの農家は、私たちと飲んだ昼のアルコールが残っているらしく半分酔った口調で、「いつも収穫したコメを積んで、この道を走っている」「この道で行けないところはない」(わたしには理解できない方言でそう言ったそうです。通訳してくれたのは江西出身で、いまは大阪の大学で働く友人です)と、反論。ついに、水田の奥まで私たちを運んでくれたのです。
 あとはクルマを降りて、水田観察です。そのときのスナップが、上二枚の写真です。
出穂期を迎え、水を求めるイネに、小さな用水路から水を田に引こうとした写真です。草ぼうぼうで、隠れてしまった取水溝を手でまさぐりながら探し出して、水を田内に流し込みます。
 イネの生育はどうかというと、まっすぐ、力強く伸びています。きっと、ことしも豊作でしょう。

 水田に行くとほぼ必ずと言ってよいほど、観察するものがわたしにはあります。生育状況は言うまでもありません。
①草刈りができているか?
②イネを水平に眺め、イネ先は水平か、線から抜け出したような雑草はないか?
③用排水路がきれいに保たれているか?
④どんな農薬を撒いているか(かならず、空き容器や袋類があぜ道などに落ちている)?

 これらについて、やはり、100ムーおじさんの水田でも観察しました。

 さてこの人に、もし政府がいま耕している水田を返せと言ってきたらどうするつもりか、聞いてみました。こたえは、「もちろん返せと言われた水田は全部返す。あとは年金で暮らす。」でした。
 そのこたえが本心からでたものかどうかは分かりませんが、とても従順な人だと思いながら、そんな日が来ないことを願っているのだろうなと推し量りつつ、真夏の太陽が照り付ける緑一色の水田を後にしたのでした。


 

2019/07/11

中国の農土を握り、臭いを嗅ぎ続けて

 中国の農村が好きなのですが、そこかしこで土を握り、嗅ぐことが習慣になりました。農土はもはや自然物ではなく、何百年、何千年と耕され、何千人という農民や地主に酷使され、すでに、絞っても絞っても一滴の水分も出なくなった乾いたタオルのように、あらゆる養分が吸い取られ干からびてしまった農土もあります。

 いま、緑の植物を育てている農土も、すでに自然物ではありません。手を変え品を変えしてあらゆる手を尽くして延命措置をほどこし、鞭打つように激務に耐えさせられ続けてきた農土。

 そのような農土を握り、嗅いでいると、なぜかその土がいとおしくさえ感じられることもあるのです。手ですくい、ときにかたくなったのを道具で掘り返して握った時の感覚は、実にさまざまです。

 中国の農土、ものの記録によると農土は中国の最初の夏王朝(紀元前2000年ころ建立)以前から、栽培のために使われた可能性があるそうです。そして、その 農土は、4000年以上過ぎたいま、河南省に住むだれかによって耕されている可能性があることになります。

 となると、使われ方やケアのされ方はともかく、農土の寿命はとてつもなく長く、これに勝る人間が作り上げた生産手段は他にはないといってもいいでしょう。どんなに優れた機械や工場も、その命は農土にくらべれば稲妻の光ほどもない短さではないでしょうか? 驚きですね。

 その中国の農土ですが、長年の経験から、地域によってパターンはさまざまですが、握るといくつかの感触に分けることができます。実際は、もっと微妙な差がありますが、省略します。

 臭いに、土本来の臭いはなく、肥料臭や農薬臭、ときに機械油が混ざったような人工的な臭いが混ざっています。しかし、よく嗅ぐと、農土にも個性があるものです。皆さんも、近くのあちこちの農土を、なければその辺の土を握って、嗅いでみてください。面白いですよ。

1、柔らかく小さな玄武岩を含む赤土・・・・握ると、ぐにゃっと指の間からはみ出す。しぶくてキノコ臭が新鮮な土と混ざったような臭い。
 山土(やまつち)に多くみられ、雲南、福建、湖南などで遭遇する機会が多い。

2、黒くて柔らかな粘土のような土・・・・握った感覚は上の赤土と似ているが、色は濃い茶色で、あまりきれいとは言えない。ほとんどが、落ち着いた普通の土の臭いがベースになっている。
 南方や西方、たとえば広州、四川、青海などで遭遇する機会が多い。 

3、灰黒色で、やや砂土や水晶系かガラス系の細かな粒子が混ざった土・・・・・握ったとたん手のひらが砂を感じる、やや乾燥。土の団粒構造はかなり疲弊し、乾燥というよりも固まった土の感がする。比較的無臭だが、深く吸い込むと、私の故郷、新潟北方の土と最もよく似ている。
 浙江、上海、江蘇、河南、山東、吉林、遼寧などで遭遇する機会が多い。

4、やや茶色で、粘土質を含む砂地系の土・・・・・握った感覚は上の土(3)と似ている。無臭に近く、深く吸い込むと子供のころ工作で使った粘土に似た臭いがする。
 北京、河北、山西、内モンゴルなどで遭遇する機会が多い。

5、黒っぽい砂質土壌で比較的さらさら感がある土・・・・握っても固まることなく、すぐに崩れてバラバラいになる。湿り気があり近くに大河川が流れている光景に出会うことがある。臭いは腐敗した木の葉のように、自然感がある。
 黒竜江では多くがこの農土。

6、黄色に近い茶色をして、粘土質の濃い、やや硬い農土・・・・・握っても、手のひらの形はできず、手のひらを下に向けるとバラバラになって下に落ちる。乾燥がそうしたのか、土の団粒構造が破壊されたためなのか、土同士の結びつきはゆるい。
 陝西、甘粛、寧夏などで遭遇する機会が多い。

 どんな農土にも、家禽・家畜・人糞・魚介などの有機肥料(中国では農家肥料と呼びます)あるいは化学肥料の臭い、あきらかに化学薬品臭のする農薬の臭いが混ざり合っています。
 私は、経験から、その農土に使われている家禽・家畜・人糞・魚介などの別を嗅ぎ分けます。しかし、まかれている農薬の種類までは区別できません。
 


 
 

2019/06/14

中国におけるネット規制に思う


6月中旬から中国のネット規制がさらに厳しくなりました。中国現地では、すでにネットの検索エンジンが事実上、百度だけに限られるようになっていました。

最初に開けなくなったのがgoogleで、まだヤフーは使えていましたが、突然、二年ほど前から、これも開けなくなってしまいました。GooDuckduckgoは開けるのですが、遅いし、情報数に制約があります。

結局、中国出張の際、頼りになるのは百度しかありませんが、日本語はだめなので、使い勝手はよくありません。

これだけではありません。

百度で開ける情報自体が狭く、社会批判染みたものは見出しが残っているだけで、開こうとしても出てこない場合が増えました。当局が中身を消したのです。日本の年金問題の2000万円赤字事件、これも日本政府はなかったことにしとうとしていますが、政権に都合の悪いことは隠そうとするのは日中共通のようです。

以前はどうかというと環境汚染問題を追及する社会派記者の記事がなんの検閲も設けることなく、そのままネット上を踊ったものです。わたしなども、中国農村の水や土壌の環境問題の現状を、これら記者の記事から学び、それを確かめるべく中国に出かけたものです。最近とくに少なくなった一つに、農村問題についての記事や告発があります。

20111210 日に、広東省の烏坎村という村で、ある事件が起こりました。圧倒的多数の村人が村民大会で選んだ村長(村民委員会主任)を共産党が気に食わないとして無効にしたため、村民自治を無視するものだとして、農民が大衆行動に出たものです。

結局、村民の何人かは違法な集会と暴動を起こしたとの罪で警察に拘束され、村民が選んだ村長までも拘束された事件です。

村民は法律で認められたことをしたまでだ、と主張したのですが認められませんでした。しかし、自分の研究分野の関係から関係法律(村民委員会組織法など)を何度も読んでいますが、その限りでは、村民に非はありません。

それで、いまこの事件のネット上の報じられ方をみると、当時の権力側の正当性を主張する記事が躍っています。

よき中国理解者はよき中国調査者でなければならない、よき中国理解者を増やすには中国における自由な研究と調査の機会を保証すべし、というのがわたしの自戒と願いです。

2019/06/04

中国農村技術のかたちと今後

中国の農村技術-農産物栽培・保管・加工・出荷、土地管理技術、水利管理技術は今後どうなるのだろうか?現在、日本顔負けの先端技術が登場し、中国の農村自身が驚くほどの発展がみられる。しかし、技術には担い手と開発者がないと発展しない特性がある。技術は社会的なもので、そこから個人的な概念である技能や術(わざ)が派生し、あるいは新しい技術を生み出す役割をになう。

近代、現代にかけて中国の農村技術の担い手と開発者は、長い地主の時代を経て集団(組織)、家庭(個人)と受け継がれてきた。家庭請負責任制が生まれてから、農民にとって増産は所得向上に直結するようになったので、農民自身が「発明の母」の役を演じ、技術開発の先導を担うようになり、食料は一部の農産物を除くとほぼ自給体制を作り上げるうえで貢献した。

農村技術は土地や土と密接に繋がっている。土地制度のあり方、土と農民の心理的・物理的密着度が農村技術の発展とあり方を決めるといっても過言ですらない。

こうみてくると、いま、中国農村で起きていることは技術の担い手と開発者にどんな影響を与えるだろうか?

いま中国で起きていることは、農業を生業として生きる者(純粋な農民)がほぼいなくなったこと、日本の農水省が定義する専業農家に合う農民世帯は皆無だということだ。父母と息子夫婦が専業として農業経営と生計を立てうる者は、中国ではほぼいないし、その存在自体が不可能に近いのだ。

そこで生まれているのが企業の農業参入、合作社による集団農業(供銷合作社と農民専業合作社があり、農民の土地使用権を株式化するなどして出資金に変え、配当として収益の一部を農民に還元、農業経営の大規模化を目指す)、「家庭農場」(家族経営の中国版で規模を自立経営並みを志向)、「新農民農業」(若い学のある非農民による投資的経営-私の言い方では「異星人農民」)などのかたちだ。

彼らは、土地制度と土との関係で新しい関わり方を作り始めた。共通しているのは現在の土地制度を利用し、土地を集めるだけ集める。不要になったら捨てる(だれかに権利を渡す)。

だからいまの土地制度は彼らにとって都合がよい。もともと農民の制度だった家庭請負土地使用権制度は徐々に変節し、農業をやりたい者には解放している。ここは、日本とは大違い。中国の方が自由といえば自由なのだ。

土は地力を吸い取るだけ吸い取って、その後は路地大規模農業から転換し、既存の土地を利用したビニールハウス栽培、植物工場、観光農業、農村遊技場とかあるいは食品加工場とかに進出する。土地改良投資はカネがかかるのでしない。政策も植物工場やコンテナ農場の支援に大きな予算を投じようとしている。露地栽培に、あるいは伝統作物にこだわらない。そこから新しい技術が生まれ出てきている。

土地改良投資や土の機能維持のための投資をしないことは問題であるが、すべてはフローの国中国。これがストック重視の日本だと稲作農家は何代も米にこだわり、キャベツ農家はキャベツ以外は作らない。他のものができないストック投資方式から出られないからだ。

中国の農村技術はますます自由に発展する可能性がある。



2019/05/20

中国の農業分野+農産物物流の先端技術を調べてきたし、現場で体験もしてきた。中国は自身が公言しているように、いまはまだ先進国ではないが、確実に先進国に近づいている。この調査を通じて、その実感を肌で得るようになった。

この分野での特許件数も米に劣らぬスピードで増えつつあり、いつの日か、世界一になる可能性もある。

その背景に、溢れ出るほどの優秀な大量の研究者と現場の実践者がいる。最近、「996」が話題になっており、ちょっと調べたことがあるが、研究者の世界も大差なく仕事に没頭する生活が日常なのだ。そこには、「働き方改革」などという体の良い語句だけの世界さえみじんもない。

いま、専門用語満載の知産権局の資料をあさるようにながめては、アタマを重くさせているが、その申請件数の多さと内容、特許や実用新案権の授与内容にはとてもついて行けない。図や説明は、素人には同じように見えても、こまかいところがだいじなのだろう。

しかし肝心なことを無視・軽視してはいけない。先端技術にはその国の文化が基盤になっているという点、一見先端技術など高遠な次元と無関係にみえる土着技術にも進んだ、しっかりした技術が織り込まれているという点だ。

だいぶまえ、シュマッハーが唱えた「スモール イズ ビューティフル」には感銘を受けた者だが、いまはどこの企業のキャッチフレーズだか忘れたが「スモール バット ビューティフル」のように、「ビューティフル」だけに注目が集まる時代なのかも。

この具体的な様子は、科学技術振興機構(JST)中国総合研究・さくらサイエンスセンター(CRSC)の電子コラムに連載する予定だ。





2019/04/30

急速に成長する中国の第一次産業の新技術開発



最近、わけあって中国の第一次産業部門の新技術開発(発明や実用新案権など)を調べているが、その件数と内容ときたら雨後の筍どころの話しではなく、満天にかがやく星の数にも似て数えきれない。中国の特許局に発明や実用新案権を申請するのは中国本土の大学、農業用資材メーカー、研究機関が主だったところだが、海外からの申請も全体の10%程度に上る。特許に無関係の工夫や発想も豊富だ。



それだけ、中国の新技術市場の広さ、ビジネスとしての勢いと可能性の大きさを物語る。海外勢の主な国は日本、アメリカ、ドイツ、欧州、シンガポール、韓国などだが、これにも技術分野としての特徴があり、日本・ドイツは機械系、アメリカ・韓国はソフト系に分かれるといってもよさそうだ。



中国は、といえば機械系とソフト系に、ソフト系には日本人の発想を基準にするとアイディアに過ぎないようなものもその範疇に入るから不思議だ。中国ではものつくりにつながるものだけが発明ではない。



ソフト系の発明や実用新案権の内容の一例をあげると、有機農場経営の管理、有機たい肥の作り方と使い方、汚水の測定の仕方、栽培方法とその有効な管理の方法、青果物の移植の方法、家畜糞尿の処理方法、高タンパク豚の肥育方法、穀物の殺虫方法、農産物の栽培方法、水循環と果樹園灌漑用水循環システム、生態系立体農園などだ。



機械系またはモノ系に属するものは際限がないほどの数と用途の広さである。新型果樹園殺虫装置、ミツバチ可視養殖箱、新型コメ保管装置、冬虫夏草(冬には虫の姿、夏には草の姿で育つ中国チベット地方の特産菌類。さまざまな疾病に効くとされる)培養装置、新飼料添加剤、新食品抗菌剤(抗生物質)、新型冷蔵コンテナ、新型コンテナ植物工場、汚染土浄化装置、養殖用ディスク駆動飼料投入装置、多機能播種機、土壌浄化用土壌サンプリングおよび試験装置、AI農薬散布ドローン、牛肉加工冷凍装置などだ。



以上のほか、中国が得意とするAI多用技術、ゲノム応用食品などの先端技術を使った機械やオフトが目白押しだ。その一方で、素朴なユーモアあふれた技術開発や製品開発も並行して生まれていることが面白い。




2019/04/03

中国の農業政策の方向は大規模革新農業経営の樹立にある

 各地の中国農村を回っていると気づくことがあります。共通する点は、若者と中年層が少ないこと。未舗装の村の家々が連なる薄茶色の小道を歩きながら思うことです。とくに若者が少ない、というよりもほとんど見かけることがないことです。

 将来、中国の農業や食料生産はどうなるのかと、気をもむこともありました。
 しかし、最近は考えを徐々に変えるようになりました。

 生産性の低い限界地は次第に淘汰され、条件のよい場所では大規模経営が発達し、一部では農業生産の効率を上げていくことでしょう。大規模化の進展は中国農業の大きな光明です。いま各地で、日本では想像もつかない斬新な農業方式が生まれ、これに政府が支援するモデルが広がっています。

 でも、それで自給率は大丈夫なのか、との心配がないではありません。ありますが、不足する食料は輸入で補充する方向に行くでしょう。農産物貿易の数字をみていると、中国が、すでに農業の国際競争力を失いつつあるか失ったことがうかがわれます。

 学者の一部は、これを農村の賃金上昇に求めていますが、理由はそれだけではありません。土の劣化、零細農業、農業資本装備の立ち後れ、若者層の農村忌避思想の広がり、安い農産物価格、高い肥料・農薬、安全な農産物生産農法の不足などもその理由です。

 効率の悪い農業は淘汰し、競争力のある農業を中心に構造改革を断行していく様子が見えてきました。


2019/03/28

土は国家を語る

私が長い間、研究上こだわってきたことに土があります。中国農村の野菜畑やトウモロコシ畑などへ行くと、まず素手で畑の土を握って、匂いを嗅いで、見つめます。この作業は、日本でも、東南アジアでも、どこへ行っても続けてきました。

私は、土には二つの顔があると考えています。
新鮮かつ栄養分のつまった農産物を育てるための養分の貯蔵庫 としての顔。この顔は農産物にとっては何よりも重要なものであり、農業生産にとっての生命線でもあります。この顔は土の持っている物理的な性格を示しています。

しかしこの顔は、土が生まれながらにして持っている部分と、後で雨や風、雑草や木の葉など、やはり自然による作用で変わった部分、農民や国家など人工的な手が加えられることによって変化した部分とからなります。土地改良や肥料投下などによる方法がそれです。土を機能論的に観たものです。

もう一つの顔は土自身が持っている、土を使っている国家を反映する鏡としての一面で、この顔は土の社会科学的な性格を表すものです。この顔は土が生まれながらにして持っている顔ではなく、農業用の土となってから、土の利用者や国家など、土に直接・間接に関係する者が土壌 養分や水分を付け加えたり削ったりした結果の顔であり、原状から変化していることが多いといえます。

この顔は、土を表象論的に観たものともいえます。
最近これをもとに、「中国における土資本論」を考えています。まだ、これといった成果はできていませんが、こだわってみたいと思っています。

2019/03/13

中国スパイ防止法実施細則の紹介


2014111日、中国のスパイ防止法(中華人民共和国反間諜法)が成立したが、その3年後の2017126日に、同法実施細則(中人民共和国反间谍细则)が公安部から交付された。

 法律段階では具体的な内容がはっきりしなかったが、この細則によって、スパイ防止法のかなり具体的な内容が分かってきた。法律公布から3年後にやっと実施細則が出るというのはやや奇異な気がしないでもない。この細則によると、法律公布後の様子をみて、後付けしたような点も見られなくもない。その最大の点は、スパイ行為の代理を最も重視しているように見える点だ。

  具体的には、国内外の機関から有償等の対価を得てスパイ活動を行う組織や個人に焦点を当てているような点である。つまりは、自分の意思というよりは、しかるべき機関の委託スパイ活動は容赦しない、ということだろう。該当する部分は以下のような内容になっている。
 スパイ活動の意思を持つ組織・個人から資金を得て中国の体制存立・維持に反する情報収集・敵対行為を行うこと、これらを国内外の組織・個人と共謀して行うこと、と要約することができる。

 どういうケースがあるいは拘束される可能性について、日本では次のように言われている。
○中国に協力的な大手商社員が拘束されたことに対して、「だれもが拘束される可能性がある」、「拘束されるのはどういうケースか不明で、駅の写真すら撮ってはいけない」・・・・・。

 そういう見方のすべてが間違いだというわけではないが、おそらく、拘束する方の中国では、その理由ははっきりしているだろう。ただし拘束するかどうかについての判断には幅があり、機械的なものではないだろうから、疑われやすい行為は危険というべきである。

私などは、ただ中国に於ける農民の暮らし方や農業の技術・技能のあり方などを研究しているだけで、けっして中国の国家転覆とかは考えていないのだが、そうと疑われる恐れがないとも断言できない点も皆無とはいえない。

それでも、農村調査はやめられません。これ、私にとっても研究法なのですから。
ここまで書いて、大事なことを忘れていました。中国には外国人社会調査管理法なる、調査規制法があることを。この規制は2004年に法制化されたものですが、前身は97年の暫定規則でした。この規制も、自由な研究者にとってはあまり嬉しくないものです。破ると、やはり刑法の対象になることがあります。このあたりのことは、実は、拙著『国際社会調査』に詳しく書いてあります。

 以下は、実施細則の関係部分の要約です。ご参考まで。
○敵対的な組織であるかどうかは、国務院の国家安全主管または国務院の公安部門によって確認される。
○中華人民共和国「スパイ防止法」に記載されている「資金調達」という用語は、国内外の機関、団体および個人の次のような行為を指す。
1)スパイ活動団体または個人に、資金、場所、物資を提供すること。
2)一般の団体または個人にスパイ活動を実施するための資金や場所、物資を提供すること。
○「スパイ防止法」でいう「共謀」とは、中華人民共和国の国家安全を脅かすスパイ行為の実施をいい、以下の国内外の組織や個人の行為を指す。
1)国家安全を危険にさらすようなスパイ活動を海外の機関、組織、および個人と共同で計画または実施すること。
2)国家安全を危険にさらすスパイ活動を実行するように資金を受け入れること、または外国の機関、組織または個人に指示すること。
3)海外の機関、組織、個人との接触を恒常化し、支援、援助を受け、国家の安全を脅かすスパイ活動を行うこと。
○以下の行為は、「スパイ防止法」第39条に規定されているように、「スパイ以外の国家安全にかかわるその他の行為」として分類される。
1)国家の分裂を組織し、計画し、そして実行し、国家の団結を弱体化し、国家権力を破壊し、そして社会主義体制を転覆すること。
2)国家安全を危険にさらすテロ活動を組織し、計画し、そして実行する。
3)事実のねつ造または歪曲、国家安全を危険にさらす言葉または情報の公表または配布、あるいは国家安全を危険にさらすオーディオビジュアル製品またはその他の出版物の作成、配布または公表。
4)国家の安全を危険にさらす活動を行うために社会組織または企業や機関を利用すること。
5)国家安全を危険にさらすために宗教を利用すること。
6)国家安全を危険にさらすためのカルトの組織化と利用。
7)民族紛争を起こし、民族分裂を扇動し、国家安全を危険にさらすこと。
8)関連する規制に違反し、その説得に耳を傾けず、国家安全の行為または国家安全を危険にさらす行為について深刻な疑いがある国内の人物と会う外国人。

2019/01/20

中国農業の成否を分ける経営者のウデ

先日、北京郊外の農村部を廻ってきた。北京中心部から高速を使って1時間半も行けば、
そこは、ここも北京市なのかと思ってしまうほどの田舎になる。北京市の人口はこのところ、やや減ってはいるが2千万人を大きく超える巨大都市だ。

 そこに生きる都市農業は、東京圏に比べ、はるかに都市住民の食生活と近い。農産物は
市場を通さず、北京市住民が直接農場に買いに来たり、ネット業者を通じて、トラックが
戸口へ配達することが普通だ。だから、農場は都市住民のニーズや評判にすこぶる敏感だ。
中間層以上の都市住民のニーズは有機農産物、それも完全無農薬・完全化学肥料野菜や果物
に変化した。農場は都市住民のニーズに合わなと買ってもらえないので、いい商品づくりに
没頭する。

 北京の中間層以上の消費者は、栽培方法が看板どおりかどうかを自家用車で確かめに来
る。彼らが乗ってくるクルマのほとんどは黒塗りの高級車、日本のスタンダードだと3ナ
ンバー車だ。私などは、いまだかって運転したことのない車種だ。

 先だって訪ねた農場の一つは、面積が1棟5アールのビニールハウスを64棟持つ中国
ではごく普通の規模の農場だ。飛び込みで訪問しても、大概はそこの経営者とか現場責任
者が親切に案内してくれる。ただし、専門家でないと無理だ。かれらなぜ専門家は親切に
迎え入れてくれるかといえば、なにかしらの参考になる話しを期待するからだ。ほとんど
の農場で聞かれるほぼ共通することは、日本のハウス栽培技術、コールドチェーン、コス
ト内容、消費者ニーズだ。というのは、彼らには、これらの問題が未解決だからだ。一通
り案内を終えると、逆質問の時間がやってくるのだ。

 話しを戻すが、その農場では44種の野菜を栽培、すべてが無農薬、無化学肥料で栽培
する。見ても握って嗅いでも、土の状態はふかふかでとてもよい。たい肥を買って撒いて
いるからだ。変わっているのは、ハウスの中で害虫を退治する天敵の昆虫を飼っているこ
とだ。さらには、害虫寄せのための植物を植え、栽培植物から遠ざける工夫もある。ここ
は成功した農場だ。

 一方、もう一つの農場は失敗した例だ。数十棟のビニールハウスは空っぽで、白っぽく
埃っぽいだけの土は乾燥してかたかった。広い場内に建てられた農場施設も荒れ放題。農
場の中には多くのしゃれた感じのコテージが建てられ、週末ともなると北京市街地から家
族が田舎暮らしを終日楽しんだこともあったにちがいない。
 そこも、いまは寒風が吹き抜けるだけだ。場内にある立て看板を観ると、そこには、こ
の農場の土壌検査結果を示した表が貼っている。土壌の重金属検査の結果表だ。すべて基
準内だ。これを見て思った。こういう表を貼ってあるくらいだから、この農場も有機栽培
や化学肥料に気を使っている、さきほどの農場と同じように、都市住民のニーズに応じて
きたにちがいない、と。

 では、なにが失敗の原因だったのだろうか。正確なことは不明だが、この似通った方法
の二つの農場を観て思ったことは、その分かれ目は、経営者の腕の差ではないか、という
ことだ。

 近頃、中国の農業はコスト上昇が大きい。人件費ばかりでなく、資材、物流、広告、施
設投資などなど、全体的な領域でコストが上がっている。ところが、ビニールハウスの普
及によってあらゆる野菜の周年栽培が進み、旬にもなると、さらに生産量が増え、市場で
は輸入農産物も激増している。消費者の階層化が進み、品ぞろえの幅が縦横に広がり、一
物一価の法則が崩れつつあるなかで、消費者ニーズに合わないものは、売れても採算が合
わなくなっている。この微妙な変化についていけない経営者は淘汰されるのだ。

 おそらくこの失敗農場は、じぶんの顧客層の求める価格帯と提供しようとする商品との
間に、大きなミスマッチングがあった。そんなことを思いながら帰途についた。
 







2019/01/01

週刊朝日掲載記事


 12月25日発売の週刊朝日新年特別号に掲載された私の4ページものの記事は、けっこう反響がありました。28日のテレビ朝日グッドモーニングから電話取材を受け、顔写真とともに画面に紹介されました。
 輸入量の34%を依存するアメリカ産輸入大豆に中国が25%の関税をかけたあと、輸入は完全にストップ、大豆自給率が10数%の中国は「大豆ショック」に見舞われ、食卓から養豚業者までを巻き込む一大パニックとなったのです。
アメリカ産の中国大豆の流れは以下のように、日本の食卓へも影響を及ぼし、これから及ぼすでしょう。 
アメリカ産大豆→中国→大豆粕→国内養豚業者と日本の養豚業者(輸入)。
A中国の大豆価格上昇(約二倍へ)→大豆粕価格上昇(約二倍に)→養豚コスト割れ→経営撤退と縮小(繁殖豚数縮小)→(ピッグサイクル)→肥育豚数減少→国際豚肉価格上昇。
B(日本への影響)中国の大豆価格上昇(約二倍へ)→大豆粕価格上昇(約二倍に)→日本の大豆粕価格上昇→養豚経営の更なる減少→豚肉輸入増加+豚肉価格上昇。
        
    このような食品のグルローバル化と食品のデジタル化は、大豆に限ったことではありません。穀物、野菜、肉類、魚介類、果物にも起きている現象です。食料自給率の低い日本では、更に、大きな渦のように世界中から食品を巻き込みながら渦の中心(日本)に引き寄せているのです。中国も徐々に、このような渦に巻き込まれようとしています。その背景には、土地の疲弊、農薬・化学肥料依存、農業労賃上昇などによる生産コストの上昇=農業の国際競争力の低下の進行という問題があります。中国農業の問題を農業労賃の上昇にのみ求める見方もありますが、これは、視野狭窄というほかありません。