2012/09/18

日中関係変化の「構造的変容」が起きている

日本政府は尖閣についての領土問題は存在しない、との立場を堅持している。自分の所有物について「オレのものだ」と主張し実力行使に出ようとする者がいる、としよう。

こんな場合、黙っているだけで済むだろうか?普通は、こういうだろう。「なにをいうのか、これは私のものだ」といって反駁するのが普通だ。ところが、いまの日本政府の尖閣問題に対する姿勢は、そうではない。ただ、黙っているだけである。

こういうべきではないか。「自分のものだという根拠はこうだ」。相手は、言い返す。「それはまちがいだ。歴史の姑息な歪曲であって、真実はこうだ」と。

こうして、やっと解決に向けた話しが始まる。話し合いは間違いなく硬直するだろうね。

そこで、「第三者の判断に任せましょ」といえばいいのだ。第三者とは、国際司法裁判所のことだ。

これ以外、尖閣をめぐる日中関係の軟化のための方法はない。

日中関係は変化の連続だが、単なる過去からの連続のうえにある変化ではない。変化をもたらす要因が構造的に変化しているのだ。

写真は、中国農村で大人気の、稲刈りに不可欠の日本製コンバイン。(筆者撮影)