1,拡大する土地托管
中国農村で近年、注目すべき変化が進んでいる。それが「土地托管(とちたくかん)」。
土地托管とは、農民が自分の請負農地を売ったり、土地経営権を全面的に他人へ移したりするのではなく、耕起、播種、施肥、防除、収穫などの農作業を専門のサービス業者に委託する仕組みである。「専門のサービス業者」とは何か、については後述しよう。
この業者がする仕事は、実に多彩、何でもありである。
単一作業だけを委託する場合もあれば、耕起から収穫まで一括して委託する「全程托管」とか「全托管」とか呼ばれる場合もある。
「土地托管」の重要な特徴は、農民と土地との権利関係を維持したまま、実際の農作業だけを外部化できることにある。私が、はじめてこれを現地でみたのは2017年頃だったと思う。どこかに、その時のことを書いた記憶もある。
当時は、これほどまでに全国的に拡大し、おおきな流れになるとは思わなかった。
なんと、2025年にはかの国家標準規格GBが出来、GB/T 45888-2025《托管土地利用准则》が生れ、全国統一的な仕組みと評価基準の対象になったのだ。驚きます。
そこでは、土地托管について
①土地承包関係は変えない、
➁農民の経営主体としての地位を変えない、
⓷農民を受益主体とする関係を変えない」という、3つの「変えない」原則を明記した。
2,「農民」が消え、小資産家、プチブル、準資本家が
つまり、現在の土地レジームは変えませんよ、ということを前提とし、
農業は農民から引き剝がし、日本の農業経済学者梶井功氏が日本の農民と農業の変化を指して言った「土地持ち労働者」のように、中国農民がなることを容認する、ということにほかならない。
小農民は土地に縛られているからこそ、制度としての農民なのだが、小農民は農作業をする必要がなくなったのだからもはや小農民とはいえず、その半分を担うことになった専門のサービス業者が農民の役割を担うのだ、と解釈できよう。
では、小農民をどう呼べばいいのだろうか????
中国版の「土地持ち労働者」でもない。たんなる「土地所有者」では、もちろんない。
それは、小資産家、プチブル、準資本家と呼ぶのがもっともふさわしいのではないか。
3,土地托管の仕組み
托管の担い手は、大企業だけではない。
農業農村部は、農業社会化サービスの主体として、専門サービス会社、農民合作社、供銷合作社、農村集体経済組織、さらに農業サービス専門業者(非農家もOK)などを挙げる。
したがって、村内で大型トラクターやコンバインを所有する業者が、周囲の数十戸の農家の農作業を一括して請け負うことも土地托管の一形態となるし、まるごと全作業を担うことも可能である。
もともと中国では、春にはトラックの荷台に大型トラクターを載せて、南から北へ走る「賃耕」業者が、秋にはトラクターを大型コンバインに替えて高速道路を走る「賃刈」業者が列をなすほど高速道路を埋める。この季節、彼らの高速運賃は特例で無料化されるほど優遇されてもいた。
そんな習慣があるので、土地托管がとくに異質で珍しいというわけではない土壌があったのである。
2025年の国家標準GB/T
45889-2025では、サービス主体について、資格、専門人員、農業機械、事業所、安全管理、契約・記録管理などが評価項目として定められているが、この資格はなきも等しい。重要なのは契約をしっかりと結ぶことである。
4,どの程度普及しているのか
土地托管をリードしたのが供銷合作社、本来はこちらの方が主役とおぼしき農民専業合作社ではなく、純粋な民間組織なのである。
実は、供銷合作社に根拠法はない。わずかに市によっては条例があるのみ。これ自体が、不思議なことで、筆者はこれには背景があると思っているが、まだ未検討である。いくつかの供銷合作社を訪問したことがあるが、その「無法状態」を納得有る説明をしてくれた例はない。
ただ土地托管の実施面積は不明である。中国では、土地に関する仔細な統計は未整備、あるいは未公表である。
ここでは全国に約2万社あると見られている供銷合作社が実施している土地托管面積に絞ると、2017年で7,316万ムー(490万ヘクタール)、2018年には9,167万ムー(614万ヘクタール)へ増加した。
2024年になると、全国供銷合作社系統による土地托管面積は約1.6億ムー(1,072万ヘクタール)に達している。ただしこれは全程托管だけでなく、農作業の一部を委託する部分托管も含む広義の土地托管面積である点には注意して欲しい。
供銷合作社以外のサービス業者全体を含むデータはないが、部分的ながら10数か所の省・自治区などの事例調査から察するに、いまや全農地の30~40%が土地托管によって担われ、ますます増えるだろう。
5,なぜ土地托管が急速に普及したのか
最大の背景は、農村労働力の非農業化、農民の小資産家意識の醸成である。
約3億人に達した農民工をはじめ、多くの農村住民が工場、建設、物流、飲食、小売など農業以外の仕事から所得を得るようになった。その結果、農民は自家農業に投入できる労働時間は減少したし、政府の手厚い各種補助金のためもあって、なんとか食べて行けるようになった。
農業をせずとも済むなら、無税の土地権利を手放す理由はますます遠のいた。請負農地は農業資産というよりも、農民にとっては有形資産に変質したと受け取められるようになったのである。同時に、将来もし帰村すれば、いくばくかの生活保障の一部ともなると思われ始めたし、いい値段で売れる楽しみにもなった。
このため、
「自分では耕したくない、あるいは耕せない。しかし土地権利だけは維持したい」
という農民が増えたのだ。
中国農業には、一戸当たり耕地面積が小さいという基本条件がある。農業農村部も「大国小農」を中国農業の長期的条件と位置づけ、短期間に土地流転だけで大規模経営へ移行することは困難としている。その解決策として、生産托管などの社会化サービスによって、小農家の土地をまとめて機械化・標準化する政策を進めはじめた。
したがって現在起きている変化は、次のように表せる。
農村労働力の非農業化、農業はしたくない意識
↓
自家農業に使える労働力の減少
↓
しかし農地権利は保持したい
↓
農作業を外部へ委託
↓
土地托管の拡大
↓
土地権利は小資産化・農民優遇化
これは中国の重要な構造変化である。従来は、農業の規模拡大といえば土地を集める「土地流転」が中心に考えられてきた。しかし土地托管の発展は、土地を集中させなくても、生産機能を集中させることが可能であることを示している。
中国農業は今、家庭請負制を温存したまま、その上に新しい農業サービス組織を重ねることで、大規模・機械化農業を結びつけようとしているのである。
しかし、これは一見きれいなステンドグラスのように見えても、一面ではガラス細工のように壊れやすい宿命を負うことも疑えない。
それは、多数の都市戸籍者にとっては、「農民だけに、なぜ、使いもしない土地を与え続けるのか」、という不満・政府に対する不信に火が付く日を近づけるにおかないからである。